「東アジアの安全保障に関する考察」

グローバリゼーションと東アジア

「東アジアの安全保障に関する考察」

エマニュエル・パストリッチ

2008年 11月 3日

Ⅰ 東アジアの当面する新たな課題

東アジアの面する新たな課題

われわれは北朝鮮の非核化やテロとのたたかいの議論にばかり目を向け、東アジアでそれらと 同じように深刻ないくつもの脅威に十分な注意を払ってこなかったのではないだろうか。現在、そ うした脅威は日増しに高まっており、数年後には他の諸問題をも押しのける重要性をもつ可能性 がある。東アジアにおける安全保障についてのパラダイムの再検討は、今やわれわれすべてにとっ て差し迫った課題である。ところが、この「東アジア」という概念やそれに関わる仮定自体が、従来 の国民国家のパラダイムに立脚したものであるため、それらはことがらを説明するよりも、むしろ不 鮮明にしている。われわれは、今日の個人、組織、社会、地域経済がどのように機能しているかに ついての新しいモデルを提示し、それによって経済と技術のリンケージのインパクト、消費社会へ の影響、さらに環境悪化や大気汚染の脅威といったものを説明する必要がある。

われわれは個人、企業、国家および非政府組織のあいだの基本関係の変化を深刻に受け止め ねばならない。しかしそのことは、国民国家が消滅したということを意味するのではなく、むしろそ れを構成する諸要素間の関係が根本的に変化を遂げたということなのである。また、それらの変 化があまりにも深部で起こっているため、本質的なことがらが多くの人々の目に映らないという問 題がある。たとえば、もしわれわれが様々な製品の製造、流通、消費地を正確にマッピングすれば、 それはグローバル経済がどのように作動しているかについての正確な記述となるであろう。しかし それは、ほとんどの人々にとってまったく疎遠なものに映ることもまた事実である。同じように、海洋 や大気汚染のパターン、漁業の乱獲の帰結、気候変動の農業に対するインパクト、人口増加圧力 といった問題も重要であるが、何となくぼんやりと受け止められている。

アメリカと東アジアとの関係は、地球の社会・文化的構造の変化から直接的なインパクトを受け ている。こうした変化の多くは、フランシス・ケアンクロス (Franses Cairncross) が「距離の消 滅」と呼んだものから生まれており、それは世界全体に当てはまるが、東アジアにおける技術や社 会の変化の早さは他の地域と比べものにならないぐらい早い。さらに東アジアは世界経済の駆動 力でもあり、アメリカ経済にとっても重要な地域となりつつある。したがって、ある地域関係に対す る認識とその現実とのギャップは、この東アジアにおいて最も大きくなる。企業、NGO、地方政府、 中央政府のあいだの相互的な結びつきという太い鉄の檻に囲まれていることこそ、東アジアとい う動物の15年前と現在とを根本的に隔てるものなのである。

世界の変化を捉える際の理解のたち遅れは、一つには、日常的に接するものが、製品流通や情 報伝達の複雑な網の目を感じさせないほど持続性を持つということによる。われわれの住む通り や家並みは相変わらず以前のままであったりする。しかし、われわれは今日、いわば「巨大な分裂 と統合」ともいうべきものに直面している。実際、われわれは世界の諸機関や企業が未曾有の規 模で合従連衡を行うのを目の当たりにしている。こうした統合への傾向は、情報の伝達・蓄積技 術の急速な高度化によって促進され、社会や地域の経済システムによる規制をなぎ倒して出現し てきた。さらに航空運賃と配送コストの急激な下落は、取扱量の少ない製品の長距離輸送さえを も容易にし、地方経済は今やかつては想像できなかったほど相互に結びつきを持つようになった。 銀行業、製造業、メディア企業、運輸業、さらに政府、準政府組織などが地球的規模でより広く深く 展開を遂げている。

しかし、こうした変化は同様に強い程度で社会分裂に否応なく向かう傾向を伴っている。様々な 国、都市、場合によっては街区ごとでさえますます異なった領域に分断され、しばしば社会的交流 や相互関心は希薄となる。現代の東アジアを覆う高層ビルのアパート郡は、かつての生き生きとし た強い結束力をもった地域共同体を疎外された集合住宅に変えてしまった。同時に、インターネッ トは諸個人がそれぞれ異なった世界観をもつことを可能にするが、他方、その個人的な見解が彼 らの日常接している人々と共有されることはないという問題を生み出している。富と所得の格差拡 大とそれに対する認識は表面には表れにくい根本的な分断を生み出している。東アジアじゅうの 多くの人々が、社会からの根本的な疎外を感じとっている。 しかし、どのような自己認識をもつかということと、社会および国際関係をどう理解するかとはま ったく別問題である。地域社会の分裂によって地域共同体はまるでお互いが地球の反対側にいる かのような距離ができてしまった。同時に、実際に海の向こう側にいる個人や組織が技術的・文化 的に密度の濃い結びつきを強めている。こうした転換は根が深く、かつて誰も経験したことがなく、 多くの人々にとってその本質が見えない。

21世紀におけるアジア念の危機  

この数年間のAPECなどの国際会議や六カ国協議などを見ていると、「アメリカ」「中国」「韓 国」と呼ばれる具体的な主体が存在するという印象を与える。メディアやアカデミズムは、現代の技術革新、貿易数量と旅行者の急増をひっきりなしに書きたてている。しかし、彼らは、そうした変 化のもたらした国民国家の根本的な変貌を解明する点では二の足を踏んでいる。儀式的な記者 会見や政府高官の公式訪問などの報道が与える印象は強いが、それと同じように、伝統的な国 家が衰退し、国際的な利害集団のネットワークに取って代わるという転換から完全に目を覆うこと はできない。国際関係論研究の当面の課題は、貿易を取り仕切り、情報と世論のために資金を出 しているプレイヤーを正確に描き出し特定することである。  

要するに、われわれが目にしているのはNGO、企業、銀行、個人、金融ネットワーク、組織犯罪シ ンジケートの網の目であり、それらは個々の国民国家の国内的・地域的文脈を超えて協力しあい 取引をしている。したがって、国内的な視点からの要求は伝統的な民族的アイデンティティを保持 しようとする新たなグループの強い自己主張によって担われる。問題は、グローバリゼーションが こうした新たな勢力配置の深刻な不安定性を除去しえないということである。たしかにグローバリ ゼーションを我田引水に用い、アウトソーシングや安い商品によって地域経済を破壊する人々がい ることは事実であるが、グローバリゼーションはそれ自身としては究極的には中立的な現象であり その最終的な影響がどのようなものであるかは未解明の大きな問題である。むしろ最大の問題は、 こうした商品や情報が分配される新たなパターンや、政治を規定する政治的・経済的プレイヤー の新たなハイアラーキーを理解するための概念的なマップが一般の人々の手にないことである。 目に見えない勢力が世界を形成していることについて多くの人々が気づいてはいるが、それを理 解するための概念的なフレームワークがないため、東アジアの不安定性はよりいっそう深まり、政 治家やデマゴーグが人々を誘導しやすい状況が生まれている。  

韓国、中国、日本、ヴェトナム、タイ、モンゴルおよびアメリカでは、相互の制度や文化の面よりも 、 経済レベルでの一体化のスピードを速めている。私はこうした現象を中米関係に関する最近の論 文で以下のように指摘した。

「アメリカと中国の一体化は、流通システムとコンピュータ・ベースのビジネス・ネットワークの統 合という形をとっているが、それは根本的に異なったこれら2つの社会組織をごちゃ混ぜに接ぎ木 したものである。この新たな生物は自らの異質な性格も、向かうべき方向性も理解できない。ウォ ールマートなど超国家企業は、ロジスティックスや流通によって二つの国を結びつける。つまり、工 場、貿易港、輸送船、貨物列車、トラック、倉庫などが織りなす不明瞭な世界が、これら二つの国に 相互浸透し、サプライ・ネットワークを支える。 China Shipping Container Linesという米中 経済システムに関わるあまりなじみのない名前の巨大企業はオハイオ州に本拠を置いているが、 同社が所有するコンテナの輸送拠点は中西部あたりでみられる類似の企業の施設よりも、むしろ 中国国内の施設とよく似ている」[1]

ジュリアン・デラサンテリス (Julian Delasantellis) は、「グローバリゼーションの真の化身は、 いまでは大型船から荷揚げするためにひっきりなしに行き来する標準20ないし40立方フィートの コンテナ船である」と述べている2 。デラサンテリスによれば、このような貿易のインパクトと安価な 製品への依存は不安定性をもたらすが、この問題こそ国際関係の最重要の問題として解明され ねばならない課題である。  

東アジアおよびその他世界における各国の相互浸透や流通システムは、これまでにない様相を 呈しつつある。例えば、韓国はヴェトナムなどの途上国とも密接な経済関係を結ぼうとしており、そ の提携はいわゆる先進諸国との関係と同様の重要性をもつ。流通システムの統合によって、韓国 と日本のように文化的には著しく異なる国々が経済レベルにおいて不断に結びつくし、さらには日 本の農家の男性と東南アジアの女性との婚姻が社会的統合をも生み出すしつつある。こうした変 化もまた深い文化的・社会的意義を持つ。  

トーマス・フリードマン (Thomas Friedman)はその著書『フラット化する世界』 3 において、 中国・インドその他がグローバルな製造・流通のサプライチェーンに参入することによって、国家間 の社会・経済的障壁が除去され、新たなネットワークが創造されると指摘している。その結果、そ れぞれの民族国家が自国の論理に基づいた政策を追求することが、貿易や金融上の取引面から 見て難しくなりつつある。通信技術の急速な発展とその価格低下によって国境の意味はますます かつての意味を失いつつある。諸要素のより大きな組み合わせが、あらゆる国内経済にインパクト を及ぼす。東アジアにおける分配と消費の統合とその深化は、工場、倉庫、港湾など流通システム のネットワークを生み出し、それによって諸国家は従来の主権概念と矛盾する大きな広がりを持っ たひとつの構築物となろうとしている。  

こうした現状を正確に描こうとするインセンティブは、メディアにもまたアカデミズムの世界にも 欠けているように思われる。しかし金融、生産、流通の新たな展開を理解することは、不可能では ない。私自身の経験からも、客観的にこうした東アジアにおける諸国家の経済的・社会的諸関係 を描こうと試みた際に、聴衆からよい反応が得られなかったことがしばしばある。こうした反応は、 私の議論が間違っているとか、聞き手が反感を持っているとかではなく、私の議論が国際関係論 の既存の概念と異質であることによる。

東アジアの新たな加者  

今日の社会経済生活に影響を及ぼす諸力の新しい組み合わせを理解するために、まず手始め に、東アジアに共通してみられる構造的変化について検討してみたい。孔子には「正名」 (zhengming) という考え方が見られるが、それはつまり社会的・政治的現象とそれを叙述する 2 Julian Delasantellis “Trinkets and treasure: China tames the US” Asia Times, August 30, 2007, http://atimes.com/atimes/China/IH31Ad02.html. 3 Friedman, Thomas. The Earth is Flat, A Brief History of the 21st Century, New York: Farrar, Straus & Giroux, 2005.(『フラット化する社会』上・下、伏見威蕃訳、日本経済 新聞社、2006 年) 用語とのギャップを埋める知的努力を意味する。本論もその努力につながるものでありたいと願う ものである。東アジアの地域的安定にとって最も大きな脅威は、けっして北朝鮮の核開発計画や 中国の軍事的拡大ではない。最も教育水準の高い人々のあいだにすら国家の性格についての無 理解が根強く存在し、これこそがまさに近い将来、未曾有の緊張と軋轢を許すものなのである。

第1に、世界中で影響力を拡大しつつあるNGOは東アジアにおいても重要なプレイヤーとなり つつある。 女性問題、歴史認識、環境保護、社会的公正、医療、開発など、あらゆる問題がNGO のネットワークにおいて国際的視野から議論されている。商業メディアが事実報道を制限すれば、 地域的な問題についての正確な情報源としてのNGOの役割は否応なしに高まる。NGOは必ずし も地域市民の自発的な活動が生み出したものではなく、政府や企業の関係者の必要から生み出 されたものも多く、場合によっては、一般には支持されがたい政策を糊塗したり正当化したりする こともある。4 しかしそのことについても国際関係の研究においては分析対象とされることはまれ である。 過去数年間だけでもあまりにも多くの新しいNGOが設立されているので、それらをフォローする だけでも大変な作業である。既存の利益集団に対する闘争をますます NGO が担うようになって いる。この傾向はアメリカ国内においてもっとも顕著であるが、同時に世界的な傾向でもある。 NGO の影響力の広がりは民営化へ拍車をかけることにつながり、さらにそれが中立的な情報 源としての政府の役割に対する信頼を損なっている。 NGO のネットワークは、政府に対立する代 替案――それがつねに客観的とは限らないが――を模索する市民のニーズから生まれる。例え ば、韓国や日本の地域共同体組織はインターネットを利用して環境対策に協力して取り組み、驚く ほど共通の理解をえている。各種研究機関やシンクタンクもアジアで発言を強めている。こうした 結束力の強い組織が、貿易や安全保障、通信といった表舞台の中心領域にまで及びつつある。

第2に、政府や企業に対抗して存在感を増している非政府組織は、狭い意味での NGO だけ ではない。 NGO の鬼子である組織犯罪の広がりがそれである。その組織は、国際的な結びつ きを持ち、国民国家の腐敗構造がその台頭の後押しをしている。こうした犯罪シンジケートの広が りは、ポストモダンな未来への突入というよりは、1世紀前への逆戻りである。20世紀前半、旧満 州のような高大なアジアの地域もかつては自らの権益をめぐって相争う盗賊、軍閥、企業に支配 されていた。そうした過去への復帰という可能性も否定できない。

第3に、既に述べたように、東アジアにおけるメディアの統合と同質化は、東アジアの社会政治 学的風景にも大きなインパクトを与えた。この10年あまりのあいだ報道は国境を超えて同質化し てしまい、中国でさえも主要報道機関が日本やアメリカでの報道にもとづいて経済記事を掲載す ることもしばしばである。こうした共通性は、イデオロギー的な対立が深刻であった15年前には想 像することもできなかったほどである。かつての中国の報道は社会主義的な原理にもとづき、日本、 韓国、アメリカの報道とはちがった解釈を強要していた。共産主義、資本主義、あるいはリベラル 派のいずれの立場を取るかによって経済や社会問題についての見解が異なり、韓国と中国との 4 以下の研究を参照、People for the American Way, “Buying a Movement”, 1996.この 研究ではアメリカでのNGOを通じた政策への働きかけの具体的方法が明らかにされている。 あいだでも現実問題に対する議論が真っ向からぶつかったが、現在ではそのようなことはなく、批 判的な言説が衰退していることも手伝って、多くの問題について両者に堅いコンセンサスがある。  

韓国と日本のメディアは、領土問題や歴史問題などでぶつかり合うこともあるが、その他の国際 問題については一般的に共通な見方を保持している。中国もまた六カ国協議の報道などでも大 同小異の観がある。世界中のニュース報道が同じ情報源、同じデータに基づいている。それらが 用いる用語や概念もまた共通である。その理由の一つは、英語情報の統一的な配信システムが できあがっており、それが地域的な報道にも影響を及ぼしていることがあげられる。アジアでもメデ ィア企業の統合が進み、古い独占的なメディアの支配体制を打ち破っている。このように情報の信 頼性は低くなり、情報操作の機会も大きくなっている。

第4に、東アジアでは地方政府の役割も重要性を高めているが、これもまたあまり十分に研究さ れているとはいえない。日本の県、韓国の道、中国の省に相当する地方政府は国際関係において 重要な役割を演じている。東アジアの各地方政府は、地方や都市レベルで複雑に入り組んだ取り 決めを交わし、直接的な協力関係を築きあげている。多くの場合そうした協定は象徴的なもので あるが、なかには政策的影響の可能性が大きいものもあり、意思決定過程を中央政府から徐々に 引き離そうという動きもある。中央政府は貿易や経済開発に関する国家政策策定の主導権を確 保しようとやっきであるが、地方政府はますますその領域に食い込み状況が複雑化している。  

地方政府が明確にイニシアティブを握る主要な分野は外国人直接投資( FDI )である。多くの 地方政府が外国資本の誘致をめぐって他の地方政府と熾烈な競争をくり広げている。自らの地 域に企業を誘致するための宣伝物のために莫大な予算を確保し、知事や市長は海外の投資家 から資金をえようと世界中を駆け回り、他の地方政府や中央政府、国際企業と協定を結ぼうとし ている。こうして地方政府が外国の地方政府と密接な経済関係を結び、それが政策決定に最終 的に影響を及ぼす可能性が強まっている。  

地方政府の努力は FDI にとどまらない。ツーリズム、輸出、対外的な PR 活動やロビイングな ども東アジアの地方政府にとってますます重要な活動領域と考えられている。地方政府は、経済 開発の独自の活路を見出そうと懸命である。しかし、こうした努力は、 FDI に対する批判とと同 様に、地元からの強い反発をも招いている。地方政府がこうした問題に有効に対処できるかどう かは明らかでない。しかし、彼らがそれに取り組みつつあるということ自体が、地方政府の役割に 対する見方を一新するものであり、政策決定過程についてもある程度そのようなことがいえる。地 方政府はますます中央政府をひな形にして、とくに、国際関係や経済取引の面での役割を強める ことに注力することが予想される。たとえば、韓国や日本の市長や知事が集まる回数が政府首脳 の会合の数を大幅に上るようになれば、地方政府こそが重要な交渉の中心的な部分を占めるこ とになることになるかもしれない。

最後に、地方政府の積極的な役割とともに注目すべきは、都市国家の役割である。それは軍事 力も大した領土もないが、経済的政治的関係をうまく管理し、自主的な外交によって重要な国際 的役割を果たす政治体制である。アジアにおける都市国家の典型例はシンガポールであり、同国 はその顕著な経済的成功によって多くの国の模範となった。シンガポールの安定的な国内政治

環境は他のアジア諸国の目標となった。香港は、シンガポールほどの自律性はないが、経済セク ターの主要部分がイギリス統治時代にもまして地方政府によってコントロールされている点で共 通性をもっている。他のアジアの経済特区、たとえば深圳(中国)、インチョン(仁川、韓国)などは 自律的な開発モデルとして国際的にも注目されてきた。こうした経済特区は、教育も医療も国際 的な水準を提供しており、その周囲地域とは異なる。そうした地域は外国人には住みやすいが、国 民国家としては深刻な解体状況を意味するものでもある。

技術革新とその意義

すでに述べたような東アジアの統合と解体の傾向の両方に及ぼす技術のインパクトを過小評 価してはならないであろう。国際レベルにおける統合と集中の矛盾や地方レベルの社会的解体と 自律化という動きは、通信技術、とりわけインターネットの発達によってもっともよく説明される。個 人が一人で巨大な機関の洗練されたヴィジュアルなサイトをつくり、それをインターネットをつうじ て宣伝することができるということは、グローバルな競争舞台の存在を意味するが、そこは同時に 情報の統制や操作を主な手段とし権力と影響力の確保が行われている領域でもある。こうしたト レンドは、起業活動と個人主義を促進するとともに、政府組織、企業、および社会全体の複雑でイ ンフォーマルな指揮系統の解体過程をも助長する。それはまた情報の経済がグレシャムの法則に 従うように、支配的で陳腐な言説の支配に門戸を開くものとなる。

所得格差の拡大や情報操作の結果生じる社会的解体は、それ自体が圧倒的な統合過程を伴 うがゆえに一般にその傾向が判然としない。社会や制度の小部分への分解が情報の分散的な流 れを生み出す一方で、ますます少数の情報を管理する主体が情報を一元的に統制しようとしてい る。インターネットはこうした状況のもとで、個人が自ら政策に影響を及ぼすことを可能にするもの であるため、既存の支配勢力は自己の影響力の喪失を恐れその動きを制限したいと考える。しか し、こうした傾向は大多数にとっては表現の自由に対する抑圧と映る。インターネットはまた少数の 発言力を場合によっては過度なほどに強める。またこうした少数グループが自己の正当性を主張 しうる力が解体過程をさらに助長する。

フランシス・ケアンクロスがその著書『国境なき世界』[原題、「距離の消滅」 The death of distance ][2]で述べているように、コミュニケーション技術は個人と集団や国家との関係を根本 的に再編した。ケアンクロスは現在のコミュニケーションの状態を1910年時点の自動車と対比さ せ、われわれがいま、これからきわめて大きな意義をもつ社会的な大転換の戸口に立っているの だとしている。ケアンクロスは、人類は技術変化によって過去2世紀のあいだに3つの継起的な革 命を経験しているとという。その第1は19世紀における物資の輸送コストの急減、第2は20世紀に おける人的輸送コストの急減、そして第3は21世紀における情報コストの急減である。この最後の

変化によって世界中の異なった利益集団は相互に緊密に結びつくことができるようになり、それ によって国境はもはや決定的な重要性をもたなくなった。しかし同時に、映画やメディアの世界で は伝統的な国民国家に対する幻想的なイメージがむしろ人気を呼び、国民国家に対する愛着を 呼び起こしている。おそらく複雑に結びついた利益集団が漠然と支配する世界政治の混乱したイ メージに人々はうんざりしているのであろう。

雇用の喪失と、「距離の消滅」がもたらした経済統合とによって、世界的な労働移動の波が起 っている。東南アジアや中国から韓国、日本、シンガポールなどへよりよい生活を求めた労働移動 が生じ、その結果、1920年代以来最大の社会的流動化と国境の崩壊が起っている。労働移動は 経済統合が生み出した経済的・社会的再編の一つの結果であるが、この問題は東アジアにおけ る重要な政策的規定要因となっている。韓国、日本その他の国において、移民は地域的な異文化 的集団を形成し、国内政策の議論に複雑な影響を及ぼす6 。ますます多くの人々が、それぞれの 国における既存の伝統的市民概念にあてはまらなくなりつつある。

イデオロギの腐敗とその意味

東アジアの経済、社会、政治、および文化をめぐる議論状況の変化は、国民国家の既存のモデ ルでは十分考慮されていなかった新たな主体の台頭と密接に関連している。それは通信技術の 発達――新しい諸組織が自己のメッセージや見解の発信することを可能にするとともに、旧制度 と秩序の解体をも促す――の結果でもある。こうした変化の主要な原因として最後に付け加える べきものは、各地域においてこれまで政治や社会の議論を支配してきたイデオロギーの腐敗とい う問題である。

共産主義イデオロギーとそれに反発する反共イデオロギーに端的に見られるように、個人や組 織はよりよいと自ら判断する方向へ導くための世界観やモティベーションの観念的な土台を作ろ うとする。一般的にイデオロギーの腐敗とは、それが通信技術の発達からくるのか、あるいは既存 の制度の解体からくるのかは別にしても、現在の世界観が、倫理的判断あるいは政治指導者や 諸集団にとっての将来的観点から見て、意味を失っている状態を指す。1920年代から1980年代 まで、学会、ジャーナリズム、政治家、官僚は共産主義と資本主義の陣営に分かれて相互に非難 合戦を繰り返した。こうした非難は誠実さを欠いた場合もあるが、イデオロギーの健全なバランス を維持し、たまに部屋の空気を入れ換えるという目的には役に立つものであった。しかしそのよう なバランスはもはや消滅してしまった。  

従来のイデオロギーの後退は、いま決して世界がありのままに捉えられている――それが実際 に可能であるかどうかは別として――ということを意味しない。それどころか、議論はますます混乱 の度を増し、われわれは、人々がすでに述べたような世界の根本的な転換について、説明はおろ 6経済統合は韓国、日本、中国都心部の出生率の低下とあいまって労働移動に拍車をかけている。 この点に関して参照[3]

 か考えることさえできなくなっているという事態に直面している。問題は教育や情報へのアクセス という問題ではない。実際、学歴の高い人々の多くが、9・11同時多発テロや地球温暖化にまった く無理解であるということがある。むしろ、政治の現状に対する批判的分析からイデオロギー的支 柱を取り去ることで、人々は些末な議論に埋没し、直面する真の脅威から完全に目を背けてしまっ ている。

韓国、日本、台湾(中華民国)の資本主義、民主主義、反共主義の主張の根源は中国やロシア の共産主義との直接的な対抗という枠を超えたところにあったように思われる。こうした主張は倹 約と勤勉、人間性と誠実性、さらに集団に対する個人の犠牲を重んじるものである。「アジアの奇 跡」と呼ばれた経済成長の根底にあったものはこうした質であり、それは共通のイデオロギー的 原理に結びつけられ、朴正煕や蒋介石によって粗雑に表明された類のものである。

近年におけるイデオロギーの腐敗の帰結は、世界を理解するための建造物がなくなったために 生まれた巨大な思考上の格差の出現である。イデオロギーや美的感覚は抽象的概念として主流 派の政治学の言説から消え失せてしまったため、われわれは現在の歴史的局面を批判的に捉え ることが難しくなっている。地球温暖化の深刻さ、政治的腐敗、情報の質的低下などが大多数の 市民にとって見えなくなっている。われわれが直面している問題のまさにその背後にイデオロギー と美的感覚の問題が存在していることについて、私はしばしば指摘してきた。イデオロギーと美的 感覚の問題は思考の基底部分に存在するため、それらを道具として用いなければ表面的な考察 の域をでないのである。したがって現在、現状の問題を把握するためのイデオロギーが存在してお らず、したがって多くの人々にその所在が分からないのである。

東アジアの統合から見えてくるものは、現代の新味に乏しい均質な美的感覚であり、容易に複 製可能な情報の価値下落であり、さらには相互理解のギャップを埋めようとする儀式の繰り返し である。すなわち現代の均質な美的感覚とは、現代社会のシンボルである高層ビルや消費とコン ビニ文化であり、それらは異なった世界を想像することを難しくする理由を説明している。複製によ る情報の価値下落とは、画像やテキストの価値が初めから値崩れをおこし、誰もそれらを注意深く 扱おうとしなくなったということである。最後に、政治的儀式とは六カ国協議に見られるように、議 論の中身よりも開催そのものが重大なことであるかのように大きく取り上げられるような現実を指 す。

むすび

本稿では、東アジアの社会的・政治的・経済的転換に影響を及ぼす重要な変化をみてきた。変 貌著しい世界を把握するために数年前に耳目を引いたレトリックは姿を消したが、現実の転換の プロセスが消滅したわけではもちろんない。むしろ多くの場合、それは深く多様な根っこを張りめ ぐらしているといえる。  本稿が今世紀の東アジアと世界の真の安全保障問題に関する本格的な検討に資するもので あることを願う。われわれは転換期のレトリックを乗り越え、変化を注意深く考察すべきであり、そ のことによってのみ、われわれは新たな国際関係を築くためのアプローチへと進むことができるで あろう。


[1]  “The Alliance of Frankenstein: China and the United States in the 21st Century” in Foreign Policy in Focus (http://www.fpif.org/fpiftxt/4066) March 9, 2007. 3

[2] Frances Cairncross. The Death of Distance. Harvard Business School, Cambridge, 1997.(『国境なき世界―コミュニケーション革命で変わる経済活動のシナリオ』ト ッパン、1998 年)

[3] Glenda Roberts’ “Labor Migration to Japan: Comparative Perspectives on Demography and the Sense of Crisis.” Japan Focus, September 2007: japanfocus.org/products/details/w2519.

For a full version please download this PDF:

パストリッチ論文 globalization

Ionizing Radiation Toxicology Report by Vince Rubino

Here is a report by my colleague Vince Rubino who is a reseacher at the Korean Institute for Toxicology about the toxicology and radiation of the Fukushima Nuclear Power Plant incident.  Here’s a quote:

The tsunami damaged Fukushima nuclear power plant has released radioactive materials into the environment including nuclear fuel cycle fission products such as cesium-137 and activation products such as cobalt-60.  These radioactive material releases increase the likely-hood of exposure to low-level ionizing radiation in the general population.  The Japanese Ministry of Health, Labor and Welfare has announced radioactivity exceeding legal limits has been detected in milk certain vegetables produced in the Fukushima area, and measurements made in a number of locations have shown the presence of radioactive material on the ground. Tokyo drinking water exceeded the safe level for infants.  Seawater near the Fukushima plant has been found to have elevated levels of iodine-131, far beyond legal limits.  Cesium-134 and 137 concentrations have also been discovered to be far beyond the legal limit near the damaged power plant.  Many factors go into the determination of whether or not there is harm to people or other organisms that may be exposed to ionizing radiation. Factors include the type, intensity and duration of the radiation exposure, as well as the state of health, age, sex, diet and other variables related to the person or organism.  The study of the mechanisms by which radiation exerts toxicological effects is an evolving field of toxicology.  Research utilizing convergence technology can focus on identifying biomarkers and improving understanding of the specific mechanisms by which ionizing radiation generates toxicologically relevant end points.  Published reviews of the biological effects of radiation and more in-depth discussion are available.

The full version of the report is in PDF format and can be downloaded here: Ionizing Radiation Toxicology by Vince Rubino.

“Global Convergence Forum” featured in Korea IT Times

Global Convergence Forum – ‘Industry Convergence is the Key’

KOREA IT TIMES

Tuesday, March 22nd, 2011

KIM YEA-RIM

The Global Convergence Forum (GCF), first started last December with about 22 members from different academic and industrial fields, had their sixth meeting on March 17.

This time the forum was held in Daejeon with Liu Jang-ryol, Director, Division of Biological Resource Management at Korea Research Institute of Bioscience and Biotechnology (KRIBB), explaining ‘the business possibilities of convergence technology development project for vertical farming’ and Yoo Catherine, CEO of Biz Holdings, presenting ‘the joint venture project between Korea and Malaysia to build an industrial complex within Malaysia’s Cyberjaya.’

“Although Korea has some of the best breeding and cultivation technologies in the world, more and more industrial

farmers are leaving their farms. Korea has achieved enormous development through economies of scale mainly led by conglomerates; and I believe the same could happen in agriculture once the big corporations start paying attention to the industry,” says Dr. Liu Jang-ryol. “What, then, is the kind of agriculture that those corporations will be interested in? The answer is vertical farm.”

First proposed by the American ecologist Dickson Despommier, vertical farm refers to the cultivation method that grows

crops in an artificial environment. It can be applied to almost all kinds of plants; allows the space to be used for leisure or tourist purposes; and also enables year-round production.

Dr. Liu argues, “In terms of energy, water, and environmental conservation, Korea can become more competitive with

vertical farming as part of the green

growth and environmentally-friendly development agenda.” In fact, vertical farms have on average 10 to 12 times higher productivity – a building of approximately 99 m², or of a total of 13,223 m², can produce food for around 50,000 people, virtually making it a food base for the community.

One crucial advantage of this technology is in its optimized use of water. By reusing the water based on plants’ transpiration, Dr. Liu explains, not a single drop of water is wasted within vertical farms. He adds that it will consequently reduce the necessity of reservoir construction as well.

Furthermore, vertical farming does not produce any harmful gas since it recovers methane from hydrop

onics buildings and then the energy is reused. Reduced logistics costs is another merit, and the buildings can also become a landmark of the city used for education and tourism, which explains why vertical farms are often cited as an alternative architecture for the future.

The shortage of agricultural land is pushing Korea to take immediate measures for the country’s agricultural industry. With the technological and economic competence, Korea indeed has outstanding conditions to build vertical farms and this new technology can become a driving force for the country’s agriculture.

As a self-proclaimed hub of Northeast Asia, what should be the next step for South Korea to take in order to enhance its global standing? According to Yoo Catherine, CEO of Biz Holdings, the answer is to target the Islam market by setting up a joint venture using the technologies of small and medium businesses in Korea and the capital power of Malaysia.

“Malaysia is a multi-religious country that embraces Islam, Buddhism and Christianity, which results in a broad r

ange of culture. Cultural diversity leads to synergy in many ways, and we believe this country could become our strategic center,” says Ms. Yoo.

Cyberjaya is a well-known tourist attraction in Malaysia. Ri-City, in particular, is the place where Ms. Yoo is planning to build an industrial complex where innovative and creative ideas from Korean companies will be introduced.

Producing about 30,000 graduates from six colleges every year, Cyberjaya is also known for its high-quality of life with political stability as well as a rich labor force equipped with diverse culture and multilingualism. In addition, as Ms. Yoo explains, the area is very accessible thanks to the smooth traffic.

Ms. Yoo’s ultimate goal is to export Korean culture after discovering small and medium businesses with highly competitive technology and then placing them in the industrial complex within Ri-City, a city full of potential and possibilities. Amidst these efforts she is making, Ms. Yoo is planning to open the RABIT Forum in the coming April with the help of the Malaysian Embassy.

http://www.koreaittimes.com/story/13658/global-convergence-forum-%E2%80%98industry-convergence-key%E2%80%99?sms_ss=facebook&at_xt=4db0cd528c85a197%2C0

Sovereignty, Wealth, Culture and Technology: Mainland China and Taiwan Grapple with the Parameters of Nation State in the 21st Century

In 2005, while still at the University of Illinois, I published the article in the journal Historia Actual.  The full text of the paper is available online here.  I have reposted the abstract below:

This paper introduces the historical background of the present confrontations and negotiations between Taiwan and the mainland in terms of Formosa’s (“the beautiful island” in Portuguese) convoluted relations with the Portugal and Holland, survivors of the Ming dynasty, the Qing dynasty (1644-1911), Japan, and the United States. The foreign interests who have had control of Taiwan make its sovereignty more complex. A consideration of the relationship of the Nationalist Republic of China and the Communist People’s Republic of China is also included. The debate on culture, economics and political control between their two political entities is informed past events, and a concern for the present legitimacy of both entities. Moreover, the challenges of globalization further complicate the picture in that the odd convergence of economic and cultural convergence with political tensions may be representative of the conflicts we will encounter in this century. The paper considers the economic, cultural, and technological ties that continue to bind Taiwan and the mainland despite serious differences and closes with a short consideration of possibilities for a long-term peaceful solution.

And again, here is the full text.

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New Bread Shop in our neighborhood

Our neighborhood in Sindang is changing quite rapidly. One of the most striking changes was the opening of this new bread store. Whereas most boulangeries in Seoul are run by larger companies and the bread is merely delivered each morning, this new shop, founded by a mother and daughter team, makes all dough in the shop. They bake bread and cookies every day and have done an excellent job of fixing up the old home where they live. There is something reassuring about just walking buy on the way to work and seeing them at work.

I would have been hard to imagine such a place even five years ago in downtown Seoul, but times are changing. Just as we now have Koreans who leave the city to become farmers in rural areas and live a healthier life, we have some urban pioneers who are creating their own spaces in the city.

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Interview with Joseph Nye and Emanuel Pastreich (December 2006) in Korean

Interview with Joseph Nye and Emanuel Pastreich

Segye Ilbo Newspaper (in Korean)

2006.12.31 (일) 

세계일보

北核… 中 급부상… 국제사회 태풍의 눈으로”

해외석학 동북아정세 진단

 

조지프 나이 교수

프린스턴대 졸 △영국 옥스퍼드대 수학 △하버드대 정치학박사 △미 국방부 국제안보 담당 차관보 △국가정보위(NIC) 위원장 △하버드대 케네디스쿨 학장 △하버드대 석좌교수 △저서 ‘소프트 파워’ 등 다수

 

이매뉴얼 페스트라이시 교수

예일대 졸 △일본 도쿄대 석사 △서울대, 대만국립대 수학 △하버드대 문학박사 △하버드대, 버클리대, 일리노이대 교수 △조지워싱턴대 역사학과 교수 △저서 ‘중국 문학이 한국과 일본에 미친 영향’ 등

 

한반도와 동아시아는 올해 국제사회에서 태풍의 핵이 될 것으로 전망된다. 북한 핵 문제와 예측 불가능한 북한의 장래, 이라크 사태 여파에 따른 미국의 위상 추락, 중국의 급속한 부상과 일본의 영향력 확대 등으로 이 지역의 향배가 국제사회의 흐름을 좌우하는 핵심 변수가 될 것으로 보인다. 미국의 대표적인 석학인 조지프 나이 하버드대 케네디스쿨 석좌교수와 동아시아 전문가인 이매뉴얼 페스트라이시 조지워싱턴대 역사학과 교수의 대담을 통해 올해 한반도와 동아시아의 정세를 진단해 본다.

페스트라이시 교수

미국이 북한 문제를 다루면서 일관성을 보여주지 못했다는 지적이 있습니다. 그 예로 미국은 북한의 대량살상무기를 결코 용인하지 않겠다는 입장을 보이면서도 핵확산금지조약(NPT)을 탈퇴한 북한과 적극적으로 협상하지 않았고, 세계의 핵무기 감축을 위한 노력을 게을리 했다는 것입니다. 이런 일관성의 부재로 우리가 중대한 문제에 직면해 있는 게 아닐까요. 우리의 정책이 합당해야 될 텐데 말이지요.

나이 교수

우리가 모두 인식하고 있는 일이지만 비확산 체제 자체에도 일관성이 없는 측면이 내포돼 있다고 봅니다. 1968년 이전에 핵무기를 보유한 국가들은 그 같은 무기를 보유할 수 있도록 허용되고 있습니다. 그렇지만 인도나 파키스탄과 같은 나라들은 NPT에 가입한 적이 없으면서 핵무기를 보유하고 있습니다. 북한은 이 조약에 서명했지만 나중에 위반을 했지요. 그렇게 됨으로써 북한은 특수한 범주에 들어 있는 셈입니다.

현 단계에서 성공을 거둘 수 있는 가장 바람직한 방안은 6자회담을 활용하는 것이고, 당근과 채찍을 조합해서 북한을 설득해 핵 실험과 플루토늄 생산을 동결토록 하고, 국제원자력기구(IAEA) 사찰단이 북한으로 되돌아갈 수 있도록 하는 것입니다. 장기적으로 볼 때 우리가 다시 한반도 비핵화 비전으로 되돌아갈 기회는 남아 있다고 봅니다.

페스트라이시 교수

물론 북한에 어떻게 대처할 것인가 하는 문제는 동아시아에서의 미국 방위전략과 연계돼 있을 것입니다. 그런 점에서 작은 변화가 매우 중대한 전환을 모색하는 것처럼 인식되고 있는 것도 사실입니다. 주한미군 감축 문제가 그런 경우에 해당될 것입니다. 이 문제는 전시 작전통제권 문제 논의 과정에서 뜨거운 쟁점이 되지 않습니까. 저는 21세기에 한반도와 동북아의 안보 이슈에 관한 논의가 모호한 상태로 남아 있다는 점이 우려됩니다.

나이 교수

일반적으로 말해서 미국은 동아시아에서 안보 공약을 유지해야 하고, 한국을 비롯한 이 지역 미군 주둔 국가들이 원하는 한 미군을 상주해야 한다는 게 제 소신입니다. 우리가 한발 물러나 이 지역의 균형자로서 장기적인 고려를 한다면 한국이 주한미군의 지속적인 주둔을 희망하고, 미국이 그 같은 중대한 역할을 하는 것이 합당한 것입니다. 한국은 정치•경제적으로 거대 국가인 중국과 일본 사이에 끼여 있지 않습니까.

페스트라이시 교수

동아시아 국가들 사이에서 인적, 사회적, 문화적 교류가 갈수록 활발해지는데도 정치적인 차원에서 긴장은 더욱 고조되고 있습니다. 한국과 일본 간에 많은 학생들이 교류하고 있지만 언론과 기존 사회 체제의 일원들에게서는 깊은 적대감이 표출되고 있습니다. 이런 모순의 원인은 무엇이며, 또 어떻게 해결해야 할지 모르겠습니다.

나이 교수

다행스럽게도 시장의 원리로 동아시아 지역에서 상당한 정도의 경제 통합이 이뤄지고 있습니다. 이 지역에서는 정치적으로 서로를 의심하고, 이것이 민족주의와 국내 정치 갈등을 촉발하는 그런 유산이 남아 있는데도 말이지요. 고이즈미 준이치로(小泉純一郞) 전 일본 총리가 야스쿠니신사를 참배했음에도 불구하고 중국과 일본 간 무역과 투자가 줄지 않았다는 것은 흥미로운 일입니다. 페스트라이시 박사가 지적한 그 같은 모순된 행동은 아베 신조(安倍晋三) 총리가 중국과 한국을 최초의 방문국으로 선정해 새로운 관계 발전을 위한 분위기를 조성했다는 사실을 감안할 때는 그렇게 두드러진 게 아닐 것입니다. 우리는 앞으로 사태가 어떻게 전개되는지 좀 더 지켜볼 필요가 있습니다.

페스트라이시 교수

저로서도 진정한 관계 개선이 이뤄졌으면 좋겠습니다. 많은 한국 사람들은 동아시아에 유럽연합(EU)과 같은 체제가 출범하기를 바라고 있습니다. 비록 많은 장애가 있겠지만 이 지역을 통틀어 그런 생각을 가진 사람들이 있습니다. 장기적으로 볼 때 동아시아의 개방 체제가 바람직하고, 실현 가능하다고 봅니까. 그 같은 가능성은 논의할 가치가 있습니까, 아니면 현재 우리가 직면한 문제에 초점을 맞춰야 합니까.

나이 교수

동아시아에 EU와 유사한 기구가 만들어질 가능성에 대해서는 회의적으로 보고 있습니다. 유럽은 50여년 전부터 지역통합을 시작했습니다. 반면 동아시아는 냉전으로 갈라져 있었고, 1930년대부터 시작된 상호 불신을 완전히 극복하지 못하고 있습니다. 이것은 통합을 위한 토대가 아직까지 동아시아에 마련돼 있지 않다는 것을 의미합니다. 제가 볼 때 보다 유용한 구상은 유럽안보협력기구(OSCE)를 모델로 한 ‘동북아안보대화(East Asian Security Dialogue)’를 만드는 것입니다. 6자회담의 경험을 통해 대화와 신뢰 구축의 노력을 축적할 수 있을 것이고, 이를 발전시켜 상호 관심사에 관한 중요한 이슈를 논의하는 대화 체제를 가동할 수 있을 것입니다.

페스트라이시 교수

동아시아에서의 한일 갈등이라는 구체적인 사례에 초점을 맞춰 보지요. 어느 한편으로는 교류가 보다 조직적이고 순조로워 일상적인 두 나라 간 접촉이 증가하고 통합돼 가고 있습니다. 이는 경제적으로뿐 아니라 문화•사회적으로도 그렇습니다. 반면 한국에서는 일본에 대한 깊은 적대감이 표출되고 ‘일본은 위협’이라는 인식이 있습니다. 일본에서도 한국에 대한 불신이 자리 잡고 있습니다. 현재의 한일 관계를 어떻게 보아야 할까요.

나이 교수

우리는 한국과 일본이 일본의 식민지 지배 역사에 얽힌 뿌리 깊은 문제를 해결하지 못해 왔다는 사실을 주시할 필요가 있습니다. 그 같은 문제들은 좀처럼 사라지지 않고 있어요. 이와 동시에 한일 양국 간 경제•사회적인 관계가 발전돼 가는 분명한 현상이 나타나고 있지 않습니까. 혹자는 일본에서 한국의 ‘소프트 파워’가 성장하고, 한국에서도 마찬가지로 일본의 소프트 파워가 커지면 그 같은 과거사 갈등을 누그러뜨리는 변화를 가져오는 데 도움이 될 것이라고 말하고 있습니다.

페스트라이시 교수

동아시아 지역이 향후 10∼20년 사이에 어떻게 안정을 찾아가고, 예측가능하게 될지 생각해 볼 필요가 있을 것 같은데 어떻게 전망합니까.

나이 교수

동북아 지역은 예측이 불가능한 북한과 강대국 중국의 급부상으로 여전히 갈등이 폭발할 수 있는 잠재적 요소를 안고 있습니다. 하지만 동북아 지역은 중동에 비하면 덜 위험하다는 게 제 판단입니다. 중동에서는 비국가단체들이 다양한 국가들과 긴밀한 상호 연대를 맺으면서 여러 유형의 적대 행위를 하고 있습니다. 이처럼 복잡하고 통제하기 어려운 마찰이 훨씬 더 우려스러운 것입니다.

페스트라이시 교수

테러와 비국가단체, 환경 파괴, 에너지 안보, 에이즈(후천성면역결핍증)를 비롯한 질병 문제 등 수많은 걱정거리가 있습니다. 이런 상황에서 우리가 핵무기 위협에만 초점을 맞춘 6자회담 이외에 다른 이슈를 정례적으로 논의할 대화 창구를 마련해야 하지 않을까요.

나이 교수

제가 보기에 핵 확산 문제는 향후 15년 사이에 국제사회에서 가장 중요한 3∼4대 위협의 하나가 될 것입니다. 핵 확산 문제와 함께 핵 테러, 중동 산유국의 위기 가능성, 지구 기후변화 영향, 에이즈와 같은 질병 등이 핵심 위협이 될 것입니다. 우리는 이 같은 모든 문제에 지금 대처해야 하고, 이들 중 어느 한 가지도 무시할 수가 없을 것입니다.

정리=국기연 워싱턴특파원

kuk@segye.com 국기연 가자

http://cafe338.daum.net/_c21_/bbs_search_read?grpid=9bXg&fldid=3blj&contentval=000CBzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz&nenc=7.CSbt8bSd47XQ3mQVW7Lw00&fenc=5B81-inpQ.I0&q=&nil_profile=cafetop&nil_menu=sch_updw

 

 

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Multiculturalism at Korean elementary schools

This wall at the elementary school introduces a friendlier multicultural world to young Koreans. Of course multiculturalism means something somewhat different in that the cultures come from outside Korea. But the rapidly increasing international population in Korea requires some sort of an explanation for children. My children’s school has several international kids and the number is increasing.

 

 

 

 

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Discussing a Renaissance in Seoul

 

We had a fascinating seminar at the Paik Young Hae Gallery on June 13 (2011) on the topic: “Can there be a Renaissance in Seoul?” Ms. Paik brought together a group of Koreans and internationals interested in the arts for a discussion of what can be done in the arts here in Seoul given the remarkable transformation of the city. Adrian Smith of Kyung Hee University broke the participants into smaller groups for more focused discussions. Adrian has a unique knack for getting people to talk.

The premise was of the discussion was that the Renaissance took place in Italy because of a confluence of factors:

A dynamic cultural environment and outbursts of creative activity;

New advances in technology that permitted a new level of manipulation of materials and creation of unique structures such as the Sistine Chapel

Tthe influx of capital into Italy through new financial institutions, particularly the innovations for finance associated with the Medici family;

Tthe growth of a strong tradition of patronage for artists by the wealthy;

A  strong salon culture that brought together individuals from diverse backgrounds to share their ideas and collaborate.

So then, turning to Korea today, we find that Korea has become a cultural center   technology, finance less so patronage and salon culture, although the potential for salon culture sarang bang, is real. The discussion concerned how such an environment could be created, spilling over into a variety of individual discussions.

I confess that I proposed the topic, in part based on my reading as an undergraduate at Yale of Michael Baxandall’s “Painting and Experience in Fifteenth Century Italy.” The premise was simplistic, but the response quite exciting.

 

 

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“What is China? What is America?” (in Chinese)

“What is China? What is America?” (in Chinese)

 

Green Grants

March 9, 2004

 

An article describing the remarkable merger of the United States and China in economic, cultural and technological respects. The article foreshadows the arguments made in Zachary Karabell’s book Superfusion: How China & America Became One Economy & Why the World’s Prosperity Depends on It (Simon & Schuster, 2009), which it predates by five years.
 

http://www.greengrants.org.cn/poster/show.php?id=121

 

日期:2004.03.09

贝一明 Emanuel Pastreich

 

 

何谓中国,何谓美国?

 

根须相连的两棵树

 

“一方面以熟知的思想范畴思考,另一方面体察其不足,没有什么比这更为人性的了。成 问题的是,我们依旧生活在我们宿素所理解的人性世界中”

 

欧文•豪

 

 

 

Irving Howe New York Review of Books, August 15, 1991, p. 53

 

 

我们常常使用“中国”这个词,而没有深 入 思考 其意义。这 很 自然。如果我们对 使用的词语考虑 过 多,我们很可能 会面对一切事物张口结舌。然而,有时候我们必 须退后,冷眼回顾历史的长期发展。我们必须观察, 在这个年代人类关系如何演进,而 观察的结果往往阻碍我们理解的企图。我们必须按中国的观念,做一些“正名”的工 作,也就是重新命名以便使“名”不会脱离“物”太远。也就是,我们必须集中于“美 国”与“中国”这两个概念。这样,我们便能够弄清这两个概念的意义是如何变化的。

说到“中国”这个词,我们所想到的是一个有特定疆土,特定语言,文化与政府的 特 定 国家。我们 “不过大脑” 地这么认为。我们需要一点时间回顾并认识有关国家的 观念相对而言是新的。尽管从石器时期的祖先走出洞穴直到未来,文化、血缘、语言以 及自我利益的联系维系着 人类,我们仍无法确定我们看到的地图上的 疆界,在未来人 们眼里是否具有与现在同样的意义。

中国已 扩张出其疆界。从物质层面,有华人移民与海外留学人员。从文化层面,有武 术、中餐与道家思想;从技术与结构层面, 则通过互联网。我在 整理 Outlook Express里的 e-mail 时,总是问题重重。我有一个名为“中国”的文件夹, 专门存放 发自中国的e-mail。起初的想法就是将来自中国的消息全放在一个文件夹中。这似乎完 全符合逻辑。但是我也收到一些居住在美国以及其 它 地方的中国朋友的中文 信件。 而对于有些朋友来说,中国与美国,或者中国与日本都是他们的居住地。也有一些美国 朋友住在中国。谁应该属于 哪个 文件夹,我自己也说不清。

“中国”这个概念正向四面八方扩展。今天,几乎任何国家都有重要的中文出版物。中 国本土人口占世界人口的五分之一。大部分中国人居住在一个 清晰的地理疆域内,但 也有很多分布在世界各地。移民过去意味着离开中国.但是今天,随着 互联 网的普 及,应该说“中国”这个概念的外延正以无法预计的趋势膨胀。地理意义上的所谓 “中国”乃是一个更大的文化与信息网络的一部分。

美国同样是影响遍布全球的政治与文化实体。其影响方式更多因为文化生产的优势,不 象中国多因为移民。虽然两国之间有竞争,但是也常有合作。文化领域的相似性更多于 差异性。两国固有的内在逻辑与风俗习惯均被全球范围内更大的社区所 理解。尽管美 国的文化传统在近150年内 是 全球各个国家 受教育者的(行为)范式,直到19世 纪中叶, 中国文化传统在东亚的运作方式与今天的美国文化运作是完全相同的,并且今 天正在逐渐恢复 其往日的地位。如果一定要找出二者的差异,我认为美国文化圈代表 正式的文化,而中国则代表非正式文化(显 然全球范围内还有其他文化网络存在,但 我不具备谈论他们)。美国文化传统蔓延全球,其趋势是主导主流文化:即世界在日常 新闻中如何呈现 我们在谈论最近局势时使用何种术语。又如中国的期刊文章中有相 当部分原文是以英语写的。而且我们还惊奇地发现二十年前中国的媒体严厉地批评美 国,而今天则很多时候避免这种做法。

中国的文化网络更倾向于非正式化与个人化。某种程度上,这种文化给全世界华人一个 共同而可靠的文化基础。它更注重文化身份而非硬性事实. 最近, 中国也已经成为日渐 重要的信息之源. 尽管存在一些障碍与紧张,中国文化网络较以往甚至更具有渗透力, 对其他文化更为开放。目前, 在美国和全球其他国家有一部分人,他们并不具有中国 血统,但是他们视自己为中国传统的一部分, 并从中国汲取信息. 这些人为数不多,但 是正在急剧增加。可以说,我们生活在一个激动人心的历史时刻。

中国文化传统是 包容性的,并且在这方面有别于韩国与日本。来自周边地区的人们时间久了也能成“中国”或“华”的一部分。这就是为什么如此多的人现在认定自己为“汉”。我经常 被 中国人和我讲汉语 的强烈意愿以及象对待另外一个中国人一样对 待我的方式触动。这方面使得中国传统与世界上其他传统不同,而与美国文化甚为相似。其中有一部分文化传统同时存在于美中文化网络,也即两个文化网络存在交汇的共同部分。[JH1] 一个人可以同?背晌?忻牢幕?囊徊糠?.

这种个人身份认同的复杂集合正急速增长,并且如果仔细观察,还能察觉出这其中一种 交汇点。一个人 可以同时是文化与经济网络的多重集合的一部分。这种交汇点不易定 位, 因为它发生在不同层面。在某个层面上, 一个人可以是美国文化网络的一部分,在 另一个层面上, 也可以是中国文化网络的一部分。想想每个人看 何种 电视节目,每个 人听 何种 音乐?人们以什么做为个人经验比较的参照?每个人从何处获取信息?这些 不同的层面如何整合进我们的主观经验。?这些问题引出个人经验中的多重层面。无论 在美国还是中华人民共和国,很多人正日益同时 整合进 不同网络之中。

全球化是 当前面临的挑战。我们正身处其中,因此我们不能清楚地指出未来会是怎 样。(这种现象类似“不识庐山真面目,只缘身在此山中”)。很可能全球化将有利有 弊,将来历史学家回顾历史可能难以肯定 其终极意义。全球化的开端可以上溯到16世 纪,或者更早。世界上有过多次剧烈变动的时刻,这些时刻都发生 在以往的 的物理上 或哲学上的分界以及观念受到质疑的时候。从这方面讲,我们目前的经历不是没有先例 的。不过,这些剧变并没有发生在我们的生活当中。另外,科技的革命带来全球化的 加速 以及其社会内涵的深刻变化。从未有过如此多的不用顾虑地理位置的连结.

全球化也因其相互矛盾的 后 果而令人迷惑。比如,全球化同时制造出巨大的整合与碎 裂。我们将其全球化视为全世界范围内符号与国际化通用概念的一致。比如你们能从语 言与概念层面完全明白我什么,这种一致在历史上是空前的。国际性的机构的功能正 在扩大,而且国家之间的联系与合作也是空前的。

同时,组成这些国家的社会日益出现碎片化的迹象。这种 现象 恰好与经济与科技日益 紧密联系的趋势同时出现。在写作本文时,我已在电脑前待了数小时。我收到了来自世 界各地的电子邮件。我阅读中文与韩文网页。但是,我已经有数月没有与邻居打交道 了。我同时 被整合入一个更大的 系统,同时也被我的本地 系统疏离。这种国际性的

融合与 地方性 的 碎片化 在全球所有的社会都 有极强的含义。特别在倚重科技的中国和美国.

邻里的社区活动在美国或中国正急剧减少。Theda Skocpol在Diminished Democracy 一 书中讨论了 社区变化的本质。她指出:现在的时代,我们与我们身边的组织与 地方性 的社团联系越来越少。在中国的城市也存在类似现象。在我们通过因特网在全球范围内 建立联系的同时,我们所居社区的大型组织活动减少了。我们可能进入了一个具有重大 意义的全新全球范围的社会 互动模式。虽然如此,人类 并没有变化,所有的缺点, 所有的与 特性 依然存在,仅仅是存在方式在改变。

因此,全球化对于中国与美国有何意味?我们正看到两个在全球伸展的庞大的文化、经 济与社会的实体的崛起:中国与美国。他们不是仅有的两个实体,但到目前为止是最 大。这两个实体互相支撑互相依赖。遗憾的是,很多身处美国文化网络中的美国人对中 国网络的存在完全视而不见,不仅忽视了其相当可观的范围,最重要是忽视了其对于美 国的影响。因此美中紧密相连但是 仍 没有意识到自己是对方的一部分。他们是竞争者,但是他们的根须互相缠绕以致不能分离。

今天中国与美国是一对 有趣的 伙伴。就社会 变化 的速度而言,他们的地位完全调 换了。1903年的中国处于一个稳定、保守的文化氛围中,变化 缓慢,城镇的外观多年 来一 成 不变。而那时候的美国处于史无前例的社会急剧转形时期。那时候的美国拥有 汽车、电气化与大众传媒,而同时期的中国 则显得落后 并极力保持传统。1903的中国 街道与其100年前一样。而1903年的美国街道在其100年前可能根本不存在。

今天 是 中国在飞速变化??赡鼙浠?乃俣裙?臁V泄?硕源吮浠?械愣?坊柩刍?, 对 “中国”以及“中国人”的含义 不再有把握.。二十年前的常规,今天已经不再适用。 甚至二年前明晰的规则在今天也不再适用。如果你今天去上海,一年后再去,你会 看 到一个不同的城市。中国人很 愿意 看到 社会结构中的基本变动,即便有一定的风 险。不但如此,在论辩中所用的修辞也倾向 着眼于中国 的未来 。

然而,美国的一些城镇看起来还与50年前差不多。美国有很多地区已 很发达.,但是依 然有很多地区发展缓慢。而且美国人将我们已 失落 的过去 想象为理想社会。这种历 史观与中国传统观点十分相似。 中国与美国的普通民众都将自己的国家看作世界的中心。如果通过比较,我们很惊讶 地发现原来两个国家关系是如此紧密。 何以如此?最重要的因素在于:经济/科技融合

的速度以及中美文化融合的速度存在差异。中国人与美国人 不认为思考他们 处 在同 一个经济 体系 中 。毕竟,中国人已经花费了几千年时间来思考自己中国人作为一个 整体, 做为中国人这个问题。美国则是一个相对新的政治实体(尽管其体制的建立比中 国早),但是美国人仍花了二百年的时间将美国看做一个整体。现在,作为全球化的结 果,没有相应的文化理解伴随,大量的整合已然发生。我们发现我们置身于一个需要具 有全球性视角的世界。在这个世界,所有的政治事务都必须从全球角度处理,但是我们 没有时间去发展一个相应的全球性的文化。这就是我们目前面临的挑战。

 

The Challenge of the move from analog representation to digital representation of information

I spend a good amount of time in front of a computer, inevitably, and of course it is the primary means for me to engage on a daily basis with friends and associates around the world. Yet I am profoundly aware of how technology, driven by. Moore’s law, is pushing us to do everything via computers, even activities best done by hand. We see our very discourse, our concerns and conceptions of the problematic, shaped by the specific, and limited, medium. That medium is not neutral; it transforms the questions we ask and the answers we receive. Part of the problem comes from the switch from a carbon-based system (the human brain) to a silicon-based system (the contemporary computer).

We still are somewhat fuzzy about what the differences are, but it is entirely possible that if an increasing amount of calculation and the exchange of information is carried on between computers, there will be an inevitable pressure on human minds to follow similar patterns to those found in computers. But of course humans are not computers and the thinking patterns will be less creative and less effective.

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